平成25年11月1日  仏心の中に生き死にはない(1)


暫く眠った。
眼を開けるとベッドの脇に息子の俊介がいた。
「お母さんとはるかは?」
声帯を微かに震わせ、聞き取りにくいであろう言葉を発した。
「一度、着替えを取りに行ったよ。今夜から泊まるって・・・」
モルヒネと鎮静剤を併用しているせいで、全身に広がっている痛みはほとんど感じないが、その分、意識に霞がかかっているかのように、ぼーっとしている。
俊介が、俺の掛布団を丁寧に直しながら言った。
「何か欲しいものはある?」
俺は力なく、首を振った。
頭は別のことを考えた。
人生で俺が欲しかったものは、何だったのだろう?
いろいろあったはずなのに、今は思い出せない。
かたちのあるものは、すべて、没収されてしまうのだと今になってわかった。
俊介が、俺の額の汗を拭いながら言った。
「親父・・・しあわせだった?」
「いきなりだな」
「家族のために、ずっと、働き詰めだったから・・・」
「それは、俺だけじゃない、どこの父親も同じさ。お前だって、きっとそうなる」
「俺にはラグビーがあるけど、親父、趣味とかないしなあ・・・」
「人からどう思われようが構わない。自分がよければ、それでいいんだ。周りから見れば、俺なんかつまらない人生のように見えたかもしれないけど、満更捨てたもんじゃないぞ。そう思えるようになったのは、つい、最近のことだけどな」
俊介は、真剣に俺の顔を覗き込んでいた。
「いいか、俊介・・・。お前は、少し、人に気を遣いすぎるところがある。決して悪いことではないが、それは自分のことを考えてからだ。人生はあっという間だ。お前がやっているラグビーにはちゃんとしたルールがある。人生には、ルールがあって無いようなものだ。いきなり、後ろから突然襲いかかってくることがいっぱいあるんだ」「協調性よりもたいせつなことがあることを忘れるな。嫌われる勇気も必要なんだ」
できることなら、俊介と二人、酒をのみながら少しずつ、教えていきたかったのだが・・・。
「俊介には、話してやりたいことが山ほどあるが・・・道に迷うようなことがあったら、このことを思い出せ。・・・自分の気持ちに素直になれ。俊介・・・俺はお前の中でずっと生きている。美和子とはるかを頼むぞ」
俊介が大きく頷いた。
喋りすぎて、疲れてしまった。
俺は、また、目を閉じた。
「ありがとう」
俊介の嗚咽を堪えた声がした。
        「象の背中」より



人の一生はよく旅にたとえられます。だが生きている娑婆では、金だの名誉だの、つまらぬ空虚なものに迷い続けます。
中国の詩人たちが、世俗を離れて独り旅を楽しんだのも、人生の孤独感や人生のはかなさをかみしめたかったからでしょう。

50歳を過ぎても死を意識しない人がいたとしたら、その人の生活は遊びのようなものでしょう。死を意識しているからこそ、人生を真剣に生きられるのではないでしょうか。


生は寄なり  死は帰なり
「淮南子(えなんじ)」の言葉である。
生は一時(ひととき)の宿りであり、死は本来あるべきところ。
生は旅の宿に過ぎず、死は自分の家である。


禅では、その大安心のところを、「帰家穏坐底(きかおんざてい)」と言っている。
死は帰なり。それは大安心の世界、最終的な落ち着き処。そこが生き通しの世界と受け取る、これが宗教の原点、信心です。


仏心の中に生き死にはない。  いつも生き通しである。
人は仏心の中に生まれ、 仏心の中に生き、  仏心の中に息をひきとる。
生まれる前も仏心。  生きている間も仏心。  死んでからも仏心。
仏心とは一秒時も離れていない。


昨年の春ごろから、抗がん剤も止めて、自然療法を学びながら療養につとめておられましたが、容体が徐々に弱っていき、思い余って電話をかけてこられました。
仏教では「抜苦与楽(ばっくよらく)」とはいうが、この現実を前にして、為す術もない。「うーん」「そうか、そうか」と聞くより他はない。
それでも最後にこう言った。
「いよいよの時は、手をしっかり握って、私も往くから待っててね、これだけは言いなさい」と話して受話器を置いた。
彼女の話によると「私も間もなく往くから待っててね」と告げると、それまで眼を見開いていたご主人が、静かに眼を閉じて、やがて最後の呼吸をして旅立たれたとのことであった。

石渡信太郎さんという老居士が鎌倉の材木屋におられた。昭和32年の4月に奥さんに先立たれ、本人もその8月に危篤状態になられた。老師はその枕元に駆けつけて、じっと手を握っておられたが、「早くバアさんの処へ往け!」と言われました。
それまで苦しみに耐えておられたお顔が一転して、いつもの柔和なお顔に戻られ、口元は微笑みさえ浮かべて、その夜静かに旅立たれました。





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