平成25年9月29日  教育を考える(2)


荀子は「それ学は通のためにするにあらざるなり。窮して困らず、憂へて心衰へざるためなり。禍福終始を知って惑はざるがためなり」と言っています。
学問勉強するということは、卒業免許状を貰って出世するためのものではありません。
病気になったり、事業がうまくいかなかったり、上司に認められなかったり、貧乏したり、友人から裏切られたり、人生にはいろいろと行き詰まることがあります。壁にぶっつかったり、身動きがとれなくなることがあります。
人生は自分の思い通りにならないことの方が多く、人生という長い道のりは考え方によっては困窮の時代が大部分であると言っても良いと思います。
しかし、どんなに窮しても、行き詰っても、泣き言や愚痴を並べてくよくよするようなことなく、しゃんと背筋を伸ばして、じっと次のチャンスを待つことです。人生長い目で見れば、不幸や禍と思ったことが、意外に幸福のもとであったり、幸福と思っていたことが、逆に不幸や禍を作るものであったりするものです。
一時の禍福に驚いて右往左往するようでは、まだまだ人間としての修養が足りないのではないでしょうか。
本当の学問というのは、物事が如何に始まり、如何に終るか、その道筋や、因果の理法をわきまえて惑うことのないような心を養うことである、と教えています。
私たちは教育を受けることにより、己の心を養い、己が成長し、己の哲学を持つようになり、たった一回きりの人生を有意義たらしめるのではないでしょうか。


各々安立(かくかくあんりゅう)
あなたも、あなたも、私も、めいめいが自分存在の意味をもって生きている(大無量寿経)
たんぽぽはたんぽぽで良く、薔薇になる必要はない。それぞれが持っている世界で花を咲かせることが必要です。あなたはあなたでよかった。自分は自分でよかった。お互いに花を咲かせましょう。

  池中蓮華(ちちゅうれんげ)
  大如車輪(だいじょしゃりん)
  青色青光
  黄色黄光
  赤色赤光
  白色白光
  微妙香潔(びみょうこうけつ)           阿弥陀経

浄土の池の中にはすのはなが咲いている。大きさは車輪位大きい。青いはすの花は青い光を放っています。・・・・・それぞれが光を放っている荘厳な浄土の風景である。えも言われぬ香りがあたりに漂っています。自分は自分の使命を持っているのだから、英語も数学も勉強しなさいよ。運動もしっかりしなさい。

 薔薇は薔薇、タンポポはタンポポ。

という「存在の肯定」の教育が必要ではないでしょうか。


松下村塾を開いた吉田松陰は教育について次のように述べています。
 「教育こそが無から有を生む不思議な魔法の杖である。」
 「通りいっぺんの講義は相伝になっても本当の教育になり得ない。本当の教育は寝食をを共にしながら教える者の人格が、学ぶ者の人格に、ひとつの感動として受け取られる時にはじめてその効果を現す。」


各国の教育の違い
   イギリス   神に敬虔な国民をつくる
   フランス   良識ある人間をつくる
   アメリカ   他人に手を貸す人間をつくる
   ドイツ    合理主義に徹した人間をつくる



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