平成24年10月22日  ロータリークラブの職業奉仕(完)

実は私は今年度大阪西ロータリークラブの職業奉仕委員長を仰せつかりました。
毎年10月は職業奉仕月間であります。
この職業奉仕月間では、私たちロータリアンの精神的バックボーンである「ロータリーの職業奉仕」哲学を再認識すると共に、クラブとしての奉仕活動プロジェクトを提唱・推進することとしております。
ということで、役目柄ロータリーの職業奉仕について30分間卓話をし、そしてその後1時間クラブフォーラムの司会を務めなければなりません。
ということで、その勉強として、過去に「ロータリークラブの職業奉仕」について本欄に記載させていただきました。
本日卓話させていただきました。
以下はその原稿であります。



ロータリーの職業奉仕はロータリー哲学の根幹をなすものであり、職業奉仕を語ることはロータリーを語ることにもなりますことをお許し下さい。
ロータリーの目的を一言でいえば「奉仕の理想の追求」、「職業奉仕の推進」であると言われています。

しかも、皆さんよくご存じのとおり、ロータリーは「We serve」ではなくて、
「I serve」だと言われています。
ロータリーの奉仕は各自の日常の職業のなかで、実践・推進することが求められています。
ロータリークラブで会員が一緒になって行う奉仕活動は、奉仕の練習であり、奉仕の習慣・くせをつける。奉仕を各自の体に浸み込ませるためのものであると考えて良いと思います。

ロータリーにはその「定義」、「綱領」、そして行動基準がはっきり示されております。
ロータリーの定義は・・・ロータリーの手続き要覧の第三章や私たちの名簿にも最初に記載されています。

「ロータリーは人道的な奉仕を行い、あらゆる職業において高度の道徳的水準を守ることを奨励し、かつ世界における親善と平和の確立に寄与することを目ざした、実業人および専門職業人が世界的に結び合った団体である。」としています。


そして続いて「ロータリーの綱領」が定められ、記載されております。

  第一 「奉仕の機会として知り合いを広めること。」

  第二 「事業および専門職務の道徳的水準を高めること。」
「職務を通じて社会に奉仕するため、その業務を品位たらしめること。」
ロータリークラブは個人個人の職業倫理を高めることを求めています。

  第三 ロータリアンすべてが、その個人生活、事業生活および社会生活に常に奉仕の理想を適用すること。

  第四 奉仕の理想に結ばれた、事業と専門職務に携わる人の世界的親交によって、国際間の理解と親善と平和を推進すること。

一言でいえば「ロータリーの目的は職業奉仕の推進」であり、「職業奉仕」抜きではロータリーはあり得ない! ということであります。


そして、ロータリアンの行動基準として、いつも私たちが唱和している「四つのテスト」があります。
この四つのテストの創案者はハーバート・テーラーというごく普通の実業人です。
彼は1893年アメリカ・ミシガン州で生まれ、イリノイ州のノースウェスタン大学卒業し、アメリカ海軍に入隊した後、オクラホマの石油会社に勤務し、その後独立し、石油リース業や保険業などを始めました。
行動家で、信仰心厚く、道義を重んずる彼は成功を収めたようです。
そして、理由はわかりませんが、ある日、彼は倒産寸前の調理器具メーカーの経営を引き受けることになってしまいました。
彼は会社立て直しの手段として、社員たちに倫理的価値観の目安となる指針を考えました。
社の倫理訓としておよそ100語からなる文章をしたためましたが、これは長すぎると判断し、さらに推敲を重ね、それを七つのテストにまとめました。
しかし、それでも長いと考えた彼は自問式の4項目にまとめあげました。
今日の四つのテストになったのであります。
彼は、これがどの宗教的教義に反していないことを確認して、これを会社全体で実行しました。
そして、見事その会社の再建を果たしたということです。

1942年、当時のRI理事のシカゴのリチャード・べナー氏がロータリーにこの四つのテストを取り上げるべきだと提案しました。
RI理事会は、翌1943年にベナー氏の提案を承認し、四つのテストを職業奉仕のプログラム基本的構成要素としました。
今日では、この四つのテストが奉仕部門すべてにおける不可欠の要素として認識されているのであります。


話は相前後します。
1905年にシカゴで誕生したロータリークラブは、この奉仕の基本的な理念を表現する試みが繰り返されました。

1910年
A.F.シェルドンは職業人の行動基準は「利己と利他との調和」であるとし、
`He profits most who serves best .`
最もよく奉仕する者、最も多く報いられる。

1911年
B.Fコリンズは私利私欲を捨ててこそ本当の奉仕だとする
`Service not self.`無私の奉仕
が提案されましたが、これはあまりにも宗教的自己滅却を伴うものであった為

1912年
シェルドン一派から 
‘Service above self. 超我の奉仕
自己滅却とまではいかないが、やはり自利より奉仕を優先するという厳しい内容となっており、ロータリアンに高い境地が求められているのであります。 


現在はこの「超我の奉仕」がロータリアンに求められている基本理念となっており、先程申し上げた通り、ロータリアンには高い哲学的境地が求められているところであります。

なお、
職業奉仕については、手続き要覧の第5章「職業奉仕の章」で、「職業奉仕に関する声明」、および1989年に採択された「ロータリアンの職業宣言」が掲載されております。
何れも、「職業において高度の道徳的水準を守り推進すること。」「職業は奉仕の機会なりと心せよ。」などが書かれていますが、時間の関係で割愛させていただきます。


さて、このようなロータリーの職業奉仕理念がロータリーの精神的主柱と形成されていった背景とは何なのでしょうか?

もともと、西洋の宗教は禁欲としての「勤労」を重んぜられてきました。
とは言っても、もっとさかのぼれば、肉体的勤労は奴隷や身分の低い階層の人がするもの、・・・・・ではあったのですが・・・・

16世紀に始まるルターらによる宗教改革のなかで、ルター、カルヴァン等は「神の栄光を増し、神の御心にかなう生活態度はこの世において職業活動に勤勉すること、すなわち不断の勤勉に他ならない。」ものとしました。
職業活動は「隣人愛として、神が課したものであり、人々は職業人として社会に奉仕することによって、神に奉仕すべきという精神を確立したのであります。
ルター以後、「職業」が神の命令の意味で、ドイツ語で「Beruf」、英語で「Vocation」、「Calling」という言葉をつかっているのも、こうした背景によるものであります。
言い換えれば、西洋資本主義は本来、その根本にプロテスタンティズムとか勤勉、節約、社会への奉仕、といった精神的バックボーンがあるわけであります。


一方、経済学では色々な経済学理論が展開されたことは我々は過去に学びました。
経済学の始祖と言われている18世紀のアダム・スミスは「国富論」などを著し、各個人が利益を追求することは、結果として社会全体・国全体の利益になる。価格メカニズムの働きにより需給も調節される。「神の見えざる手」が働く。

20世紀初めの社会経済学者マックス・ウエーバーはプロテスタントの経営者が事業に成功していることに注目し、論文「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」で「近代資本主義を発展させた原動力は、主としてカルヴィ二ズムにおける宗教倫理から産み出された勤勉と生活合理化であるとしました。
序に言えば、

19世紀半ばのカール・マルクスはアダム・スミスらの古典的経済理論を批判し、その「資本論」に中で、資本主義社会では、商品の生産・流通が社会において支配的なものとなり、労働力さえも商品化されている。
労働力の余剰価値が利潤というものに転化し、企業者利得・利子・地代などになってしまっている。
労働者階級は資本家階級の余剰価値の搾取に立ち向かい、生産手段を労働者階級のものとし、社会主義・共産主義へとむかわなければならない。
社会的不公平は人間が悪いのではない。社会制度が悪い。革命によって理想社会が実現すれば、人間の悪もなくなるし、社会的不公平もすべて解決できるとしました。
そして、その過渡期としてプロレタリア独裁の国家が必要として、東ヨーロッパ、ソ連、中国などで共産党一党独裁国家が誕生したのであります。
しかし、現実は共産党一党独裁は一部権力者への富の集中と腐敗、そして社会的不公平を増長する結果となり、行き詰まりを見せているのはご承知の通りであります。

経済学がマクロ的現象を捉えるだけでなく、経済行為主体の行動をも捉える学問であるとするなら、ロータリーの哲学もまたりっぱな経済学説と言えると思います。
またEUがノーベル賞を獲得したのであれば、ロータリーもりっぱな経済学分野でのノーベル賞候補といえるのではないかと存じます。

いずれにせよ、ロータリーの職業奉仕哲学は、マックス・ウエーバーの経済理論と共に、ルター、カルヴァン等の「自らの職業は神からの思し召しであり、神への奉仕そのものである。」という精神に影響を受け、さらにさかのぼれば、キリスト教の原罪思想にも行き着きます。

原罪思想とは、「神との約束を破って知恵の実を食べたアダムとイヴの子供である私達は生まれながらにして,罪人であるという考え方」であります。
敬虔なクリスチャンであった、作家・三浦綾子さんの説くところによれば、人間が生まれながらにして持っている最大の罪が「人間は自己中心から抜け出せない存在である。」ということです。そして「自分を計るモノサシと他人を計るモノサシが違う。」
それを乗り越えられるのは、神を愛すること。隣人を愛すること。
と説明しています。

私達人間はこの世に生まれてきた瞬間からさまざまな恩恵を受け、さまざまな権利も持つことになります。
権利と義務は表裏一体であります。
その義務とは使命であります。
職業というのは人体の細胞のようなものであり、お互いが職業上の機能を分担することによって、社会が成り立っています。
つまり職業は私どもにとって、この世に生まれてきた者の使命であります。

「資本主義経済社会では、この自分中心の罪深い・利己的な人間が自由に経済行為をすることにより、過当な競争を生み、職業倫理や道徳からはずれた経済行為が生まれ出てくる。
各職業人は自らの職業に倫理観を持ち、真心で仕えよう。道徳的に正しく職務を遂行しなければならない。」ということなのですが。
私はそれだけでは飽き足らない気がします。

ロータリーの職業奉仕は英語で Vocational Service です。
Vocationも神からの思し召し、Serveも神へお仕えする。です。

とすれば、ロータリーの哲学はもっと深遠であるはずです。
私たちは「利己的な欲求(事業の継続的安定や拡大のための利益も)、と人間としての使命感・義務を調和させながら、更にそれを超越する「隣人への限りない奉仕」という感情を常に持ちながら職務に精励する。」ことが求められているものと思います。


私はここに3人の偉人の言葉を列挙しています。


ヘンリー・フォード
「奉仕を主とする事業は栄え、利得を主とする事業は衰える。」

ガンジー
「報いを求めない奉仕は、人を幸福にするだけでなく、私達自身をも幸福にする。」

ドラッカー
「企業の最大の目的は存続することである。」


この3人の言葉を調和混合させたものがロータリーの哲学に相通じるのではないでしょうか?


そして、「ロータリークラブの例会」はこの「職業奉仕の高い境地」を達成するため研鑽の場であるとしています。
ロータリアンが例会出席をやかましく言う理由もここにあります。
また、ロータリーの親睦はその高い境地を得るため、友情を深め合う親睦であります。
会員増強は一人でも多くの職業人に、このロータリーの職業奉仕を理解し、実践し、その喜びを分かち合う仲間を増やそうとの思いからであります。

最後に、わが大阪西ロータリークラブの偉大な先輩・池田悦治元会員の遺訓を。


「奉仕」とは人を愛すること。人間愛・隣人愛である。
ロータリーの目的は「共存」である。
ロータリーの実践は「例会への出席」である。
雑草の生えない大地には木は育たない。
ロータリーで大いに雑談をしましようよ。
人間は何をするかであり、何かになるのではない!


の言葉を残されこの世を去っていかれました。

ご清聴有難うございました。



参考資料:平成24年10月22日「職業奉仕を考える」プレゼンテーション(PDF)

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