三保・天女の羽衣

『旅姿三人男』の歌のように、静岡県静岡市清水区(旧清水市)は“清水次郎長”であまりにも有名だが、もう一つ忘れてもらっては困る名所がある。近隣の町村合併で、今は広大な面積を持つようになった静岡市の南東部に位置する三保ノ松原だ。

鳥のくちばし状に駿河湾へと突き出している三保の地は、日本各地に散在する羽衣伝説の中でももっとも有名なものの舞台となっている所である。天女が地上に舞い降りて、羽衣を近くの松にかけて水浴びする。それをひそかに木陰から盗み見ていた若者が羽衣を隠す。天へ戻れなくなってしまった天女は、若者に乞われるままに結婚して、その地で生活することになる。やがてある時、隠されていた羽衣が見つかり、それを取り戻した天女は天へと帰っていく、というのが羽衣伝説の一般的な筋立てなのだが、この三保の地のそれも、話としては全くそうした標準的なものが伝わっている。

この三保の地には御穂神社という神社があって、そこには国の重要文化財にも指定されている「糸巻の太刀」と、伝説の羽衣の一端とされる「錦の切れはし」とが、宝物として貯蔵されている。つまり羽衣伝説は今でも実際のこととして、形を持って息づいているわけだ。また天女が羽衣をかけたとされた松は、宝永四年(1707年)の富士山大噴火により海に没し、今は羽衣の碑が建立されて、いにしえの松をしのぶよすがとされている。

御穂神社は、粥にさした竹筒で豊凶を占う神事が有名だが、祭神としては大己貴命(おおなむちのみこと)と御穂津姫(みほつひめ)を祀っており、古社として有名である。大己貴命は出雲神話に登場する神であり、御穂津姫はその名のとおり地元の女性と見るべきだろう。とするとなぜ出雲(島根県)の地から遠いこの地で、神話の神が祀られているのであろうか。また、出雲にはこのまた景勝の地として名高い美保関(八束郡)があり、そこには文字こそ別字を当てているものの同名の美保神社があって、こちらの祭神は事代主命(ことしろぬしのみこと)であり、この二神社の関係はどうなのであろうか。

そこでまず考えるべきは羽衣伝説のヒロインたる天女のことだが、その発想はインド古代神話の神が仏教に取り入れられたものとされる「吉祥天女」と見て間違いあるまい。鬼子母神(きしもじん)の子で、毘沙門天(びしゃもんてん)の妃とされる女神だ。その顔かたちは美しく、インド版ヴィーナスと言っていい女性である。

大体、羽衣伝説ないしはそれに類似した古話は世界各地に広く分布していて、「天人女房譚」(中国・朝鮮半島)とか「白鳥処女伝説」(ヨーロッパ)という形で伝わっているのだが、その発生の大元はインドとする説が多い。では、日本へはどういう形で伝播してきたのか。

考えられるのはインドから今のインドネシアに人々の移住と共に話も渡り、そして黒潮の流れに乗って日本列島へと漂着したとの見方だ。従って天女というのは、南方の異郷の地からこの列島へとやってきた女性かもしれない。黒潮に乗って列島沿いに北上し、松の緑と白い砂と、そして麗峰・富士を目のあたりに仰ぐこの地に、とどまることにした集団がもたらした物語、あるいは神話と見ることもできよう。

またあるいは、朝鮮半島経由で北方から伝わったとの考え方も否定できない。半島から今の関門海峡を通って瀬戸内海に入り、紀伊半島をめぐって陸沿いに駿河の三保の地までやって来た北方からの一団があったかも知れない。事実、朝鮮半島からの集団がこのようなルートで渡来し、相模灘へ来て今の大磯のあたりに上陸したとの古来よりの言い伝えもあるほどなのだ。

さて、今の京都府竹野郡---丹後半島に伝わる羽衣伝説では、天女の羽衣を隠そうとしたのは独身の若者ではなく、老人女性になっている。やむなく天女はその老夫婦のもとで幼女となり、うまい酒をつくって孝養をつくし、おかげで養父母は裕福になったというのだが、こうなると酒と米とは一体のものであるから稲作の伝来とも関係してくるし、また『かぐや姫』の話との共通性も考えられるし、さらにそこには仏教説話的な要素も見られるということになる。

ということは、仏教伝来(538年)以前に既に仏教的要素を持った古話なり民話なりが、半島から列島への移住集団によってもたらされており、それが伝来して定着した地が丹後(竹野郡奈具=現在の京都府の北端)であったり、あるいは清水の三保だったりしたということであって、いずれにせよ異郷からの異民族の渡来と無関係ではないだろう。つまり天女とは、当然若い女性であるから「豊穣性」を意味し、そして何らかの技術を身に着けていたと考えられる。羽衣伝説とは、その技術引き留め策と見ることができるわけだ。

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