AA)一般情勢
ソ連邦の崩壊後以降に限らず、そもそも歴史的にウクライナには確固たる国家体制はなく、現在の領土自体も分裂状態がずっと続いておりまとまりに欠けていた。ソ連邦から「独立」した後、2004年のオレンジ革命を経て本格的に民主主義国家の道をたどったとされるが、この革命自体、アメリカが背後で糸を引いていたことは紛れのない事実で、米国にはウクライナをロシアからデカップリングする意図があった。それに続くマイダン革命(ユーロマイダン)も同様である。これらの過程においてウクライナは正式にNATOには加盟していないものの、米国や英国は軍事顧問団をウクライナに派遣し(ウクライナの要請によるという理由付けがあるが)、ウクライナを武装化していた。
プーチンはドイツ統一が決まった1990年の時点で「NATOは東方に拡大しない」とする「約束」が守られてなかったことをよく引き合いに出し、米英がこの約束を反故にしたと強く非難する。明文化されたかどうかは別として、実際、当時のゴルバチョフ大統領と米国のベーカー国務長官との間でこの合意が存在したいたことは、西独のコール首相も確認していた。にも拘わらず、米英両国がウクライナを武装化し、準NATO国のように導いてしまったことをプーチンは非難するのである。さらに2008年のブカレストでのNATO首脳会談で「ジョージアとウクライナを将来的にNATOに組み込むこと」が宣言される。プーチンが強力な国際機構(軍事機構)がロシアと国境を接することは安全保障への直接的な脅威としてみなされるとの主張にも一理ある。
さて、今回のウクライナ戦争。これに対する反応は、米国と西欧諸国の間には大きな違いがある。戦場が欧州に「誕生」したことで、英仏独などでは地政学的・戦略的思考は全く姿を消してしまい、感上に流された言動が目立つ。一方米国では、多分に西欧諸国と同様な反応もあるものの、異なった別の議論も生まれている。あまり日本では報道されていないが、米国の著名な国際政治学者は先に述べた地政学的・戦略的視点からこの戦争を考察している。ここで結論付けたことは「今起きている戦争の責任はロシアやプーチンではなく、米国とNATOにある」というものだ。ここでは、プーチンのいう「ウクライナのNATO入りは絶対に許さない」というロシアの明確な警告を無視したこと、そしてウクライナは既にNATOの事実上の加盟国だったとも言い切る。さらにプーチンは強大化したウクライナ軍を手遅れになる前にたたき潰そうと決断したと指摘。さらに、この問題はロシアにとって生存をかけた死活問題である以上、攻撃的、暴力的にならざる得なかったとも述べている。
米国には、自国にとって不都合で不利な事実であっても理論的に正しいことはそれに沿って検証していこうとする自由な雰囲気がある。これには一定の評価をしてもいい。懐が深い。この点においては感情に流され、やみくもに問題に対応しようとする他の国々が学んでもいいのではないだろうか。とはいえ、米国のメディア報道とその戦略には多くの疑義やバイアスが存在しているが・・・。
2)「通貨・制裁・孤立」:
いい円安、悪い円安と称されることがよくあるが、自国の通貨が安くなる円安は日本にとっていいことではない。経済の勢いがないから通貨が安くなるのだから。 他の通貨との相対的な尺度から導かれる国の通貨の下落は、その国の魅力がなくなっていることを示す。そして世界中からヒト、モノ、カネが集まりづらい現象を生み、さらに下落し続ける。
さてロシア通貨ルーブルの今後の価値はどんな推移をたどっていくのか。ウクライナ侵攻を受け、ロシアは各国から経済制裁を受け、ルーブル下落に傾いていたが、今は回復基調にある。経済制裁が効いていないのではとの見方が出ているが、その要因の最たるものはEUや日本などがロシアから資源を輸入せざるを得ないことにある。ルーブルの価値はこの現実がある限り毀損しない。プーチンは政権維持のためにインフレを抑制したいので、ルーブルの価値を高く維持することを考えている。資源価格が高騰している間、ルーブルはプラスに働く。ロシアを抑えるには、中東を巻き込んで資源の需給バランスを崩し、資源価格を急落させるような経済制裁でなければならない。今、EUや日本などはロシアから輸入している資源の代替を他国に求め始めているが、それが見つかり安定した供給先を確保し得るまでは、現状を変えることは全く不可能である。
話は逸れるが、世界における基軸通貨が米ドルである現実は、軍事力や政治力(外交)以上にパワーの源泉となり得ることで、米国が繁栄し続けることにつながっていく。米ドルの保有者は、保有しているだけではリターンを生むことにはならないため、これを金融商品などで運用しようとする。米国債や米国株式などがそれに当たるが、この動きは巡り巡って資金が米国に還流するシステムを作っている。この基軸通貨たらんとする構想は、ユーロや人民元にもみることができるが、まだまだ米ドルには到底及ばない。
人民元が果たして基軸通貨になり得るかどうかの話。世界を見渡すと、欧米諸国のような民主主義陣営よりも、中ロをはじめとする中東や中央アジア、アフリカ諸国のような権威主義陣営の方がはるかに多い。従い、人民元の国際化は比較的簡単で加速する可能性は十分にある。とはいうものの中国の市民は、今のような政府のトップダウンの統治体制をよく理解しているため、何らかの危機的状況が起これば自分たちの資産が凍結されるリスクを熟知している。つまり、中国人は人民元ではなく、他の通貨で資産を保有したいと考えるので、にわかには人民元の国際通貨化はなされないとの見方が強い。今後の中国の出方に注視しておいた方がいいだろう。
世界各国で物価上昇圧力(インフレ圧力)の高まりがみえる。スリランカではすでに政権崩壊が起こったが、今後それが広がっていく可能性は十分ある。その原因に何があるのかを列挙してみる。①世界的な金融緩和とその反動、②新型コロナウィルス蔓延後の経済の急速な回復、③サプライチェーンの混乱、④米中対立による関税の付加、⑤ロシアのウクライナ侵攻に起因する資源価格の高騰。
列挙した5つの要因の中で、私は今世界中で起こっている混乱には、コロナが大きく影響しているのではないかという点に注目したい。コロナ蔓延における経済の停滞と、それが一定の収束を示しV字回復などの要因によりインフレが起きた各国においては、国民の不満を内から外へ向けるための「騒動」が必要だった。ロシアのウクライナ侵攻もそのうちの一つである。この観点から今後この混乱は、各国とも協調体制を敷くことでいずれ収まると考えている。どの国も一定した安定が想像されれば、その方が利益につながることは明白なので、余計な騒動は無意味との思いから収束に向かっていくはずだ。
最後に果たしてロシアは孤立しているのかを考えてみたい。 ロシアによるウクライナ侵攻に対する世界各国からの反応をみていると、この戦争は、「西洋の民主主義VSロシアや中国が代表する専制・権威主義」という構図でとらえられているこの反応は、①非難して制裁を科す、②非難するが制裁はしない、③非難も制裁もしな、④支持する、といった4つのカテゴリーに分類することができる。①にはアングロ・サクソン諸国(米英加豪NZなど)やヨーロッパ諸国、そして日韓という広義の西洋と、一部南米の国がある。すこし突っ込んでみると、G20は世界のGDPの約80%、人口は約3分の2を占めるが、対口制裁に加わっているのは半分の10カ国に過ぎない。他方、ロシアの行動に対する③/④の国は、ロシアの同盟国であるベネズエラ、シリア、ミャンマーなどが代表格で、ロシア以外のBRICS、そして多くのイスラム諸国がここに分類される。歴史や宗教、そして経済的なつながりなどの関係性が、ロシアへの対応の違いにあらわれているということだろう。
歴史的・伝統的にロシア嫌いの国もあれば欧米の価値観そのものを嫌う国も多くある。日本で限られた情報に接していると、それはなかなか分からない。今、欧州経済はロシアに過大なエネルギー依存しているため、低調になっている。インフレに悩まされている。欧州はインフレに耐えられるか。ロシア経済の強さは多くの資源を有しているところにある。その一方で、プーチンの暴挙に反感を持つロシアからも、特に若者世代を中心に優秀な人材(人的資源)が流出している。長い目でみれば、その人材流出の方が心配だ。
商社系シンクタンク所員による非常に含蓄のある文章を読んだ。とても感慨深かったので、それを引用してこの項を閉じる。 「大国の条件とは、衣食住ならぬ『油・食・銃』。つまり、石油・天然ガスなどのエネルギー、小麦などの食料、そして武力を自前で持っているかどうか。ロシアは米国と並んでおおむね自国でまかなえる数少ない大国だけに、経済制裁に即効性は期待しにくい」
BB)木材市況の中のロシア製品
6月末時点の首都圏のロシア製品の在庫数量は53,300m3と対前月比で増加。ロシア製品の荷動きは全国的に停滞感が強まっている。新規入荷は輸送遅れが改善され順調である半面、比較的好調な直需系は在庫を既に確保していることから、新規の手当てを必要とせず、出荷が鈍いのが現状。
産地価格は一時の高値水準から下落している。丸太の伐採量は絞られているが、中国などの他国向けの販売が思わしくない。欧州には経済制裁の関係で販売できないため、自ずと日本向けの販売攻勢が強まっている現状。今後は夏場伐採丸太シーズンに入るため、供給量は絞られてくるだろうが。
今後の入荷量はロシアによるウクライナ侵攻以降の契約分が主力になるため、減少傾向になるとみられる。契約数量と入荷量の減少により、荷動きの鈍化している日本市場において流通在庫の消化がどこまですすんでいくか、ちゅうもくしたいところ。
ウッドショック時に産地側は特に法外な価格提示をおこなってきた。そのため、日本市場ではロシア製品に代わる商品を求める動きが急速に高まり、国産材やLVL商品への転換がおこなわれてきた。ロシアのウクライナ侵攻後一時期、ロシア製品入荷激減の懸念からロシア製品確保の動きが活発化したが、長続きしなかった。こんご日本市場においてロシア製品への需要と期待は一層しぼんでいくだろう。供給における様々な面での不安定性さを嫌うあまり、「ゼロ・ロシア」でも成立してしまうマーケットができる可能性は十分ある。
(出典:ユアサ木材(株) 様)
|