私は別に深い人生観をもってはいないが、人間として三つのことを考えている。1. 自分は何を費やしたか。2. 何を信じたか。3. 何を愛したか。
80に近くなり、私は人間として何をしてきたか、時々考える。森鴎外は50歳になったときに、自分は人間として何をしたか、深く顧みて「なかじきり」という文章で、人間の中にもう一つの自分を発見したい、もう一つの人生を作り上げたいと非常に意味深く書いている。
私のような年代になると、若い時に感じたことで鈍くなることもあれば、若い時に感じなかったことが、経験によってわかることもある。しかし発想の転換、ひらめきの二つはだんだんわれわれの中から薄らいでくる。
しかし、人生の道を選ぶためには、昨日までの私ではない、新しい自分を創造していきたい、しかし新しい発想、ひらめきを失ったならば、生きる屍にすぎない。今までのことを繰り返してただ馬齢を重ねる人生は夭折した芸術家や、惜しまれて世を去った人に対して恥ずかしい。
仏像には興味のない方もあろうと思うが、ある人は何もかも忘れておぼれ込む、ある人は仏像を通して、新しい何かの発想、ひらめきを得ることができるのである。
ピカソは90歳になって、絵に行き詰まったときに、彫刻や陶器などのプリミティブアートを作って、自分の絵画の生命を開いた。自分が新たな人生の道を選ぶためには、別の道であえて冒険や実験をしてみる。トライする力がなくなった時に、若さを失うのである。
私は自分の青春を一般の人のように、人生の最初に置きたくない。人生の最後に置きたいと思う。どこまでいっても好奇心を失わないで、今まで自分の知らない領域を、自分の中に開拓していくことが、私たちに与えられたものだという考えを、仏像を通して語ってみたい。
あるときは仏像を通じて、知っている人のしぐさや面影を偲ぶことができる。人間は自分の心の引き出しの中に、自分の思い出の人をもっているものである。
斑鳩の里法隆寺は日本の心の故郷であるが、一番人気のあるのは百済観音である。百済という字がついているので、韓国から来たのではないかと、戦後韓国政府から返却要望があったため、名を観世音菩薩と変えたが、韓国の陶器の線、韓国舞踊、韓国の民家の屋根とか石仏の線が潺々として悲しい流れがあるのは事実である。
お姿は非常にスリムで水瓶を下げておられる。1000年前の元の色彩は剥げ落ちているが、大変にきれいな剥げ落ち方で、美しく滅びるとはどういうことかを考えさせてくれる。
水瓶をもつ手の美しさ、あれ以上強く握れば、水瓶の口は壊れてしまう、軽く持てば落としてしまう。何気なく物を持つという形は、その人の人格、感情を現す。同じハンドバックを提げても、おしめバックにしか見えないのは、心根の悪さを現しているのである。本当に人間の気のつかない小さいところに、人間の全精神、全行動が現われてくるのは、美しいし、恐ろしいことだと思う。
女性の化粧の剥げ落ちた顔ほど、絶望を与えるものではないが、観音の顔は剥落すればするほど、美しいというのは一体何であろうか。
飛鳥の中宮寺の如意輪観音の美しさは、多くの日本人の心に訴えた。頭は双発で非常にハイカラに結んでいる。注意していただきたいのは目で、普通は玉眼とか彫眼といって、水晶を入れたり、木彫をするが、これは目を瞼だけで作って、観音の慈愛、慈悲、悲しみを表現している。これらの観音像は、今われわれが見ているだけではなく、今まで1000年以上もの間、この前で何万、何億、何十億の人が眺め、祈り、泣き、喜んだかを考えると、空恐ろしい感じがする。しかもなお今後、日本の国が続く限り、無尽蔵の人が見る、そういう視線が集中した観音である。
この観音の口もとにただよっている、あるかなきかの微笑、アルカイックスマイルは精神的な笑いである。
仏はなぜ笑うのか、人を救うための笑いである。私はこの像の後に風の音を聞き、風の後には大和の風景が浮かんでくる。人間はその後に風景を背負っている。風景を背負っていない人間は無籍者である。
観音は男か、女かという質問は一番原始的であって、男にもなるし、女にもなる。男でもなければ、女でもない。しかし、この観音の背中の線の美しさ、柔らかさは女性のそのものであった。
耳が大きいということは、人の話をよく聞くということで、人の話を聞くことは大変努力がいるし、大変意味のあることである。
飛鳥から奈良に都が移った62年間の白鳳時代は、薬師寺あたりを中核に、日本で一番美しい線が流れた時代である。
仏頭は石川という一人の人間のために鎮魂のために作られた、薬師如来の本尊で、焼け落ちて首だけが残ったのであるが、その痛ましい歴史にもかかわらず、実に青年のような明るい顔をされている。ところが横から眺めると相貌はすっかり変わる、特に鼻はギリシャ的で鋭い。人間の顔は横から眺めた方が美しい。日本仏像彫刻の最高傑作であるといわれている。
天平時代に入ると、三月堂に月光菩薩がある。これも横から見ると非常に美しい。この像の美しさは合掌した手にある。注意深くみると衣の下に下着が見える。着物と肉体の関係に美しい目をもっている。
平安の初めになると、法華寺に十一面観音像がある。光明皇后をモデルにした妖艶なみ仏である。尼僧達が女の本能を断絶して、厳しい戒律の中で、なぜこんな官能的な仏を拝んだのか、一つの問題であろう。
大阪西ロータリークラブ例会卓話より (1987.6.22)
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