40億人超に膨張
「経済発展は都市から始まる。」米国出身の女性ノンフィクション作家、ジェイ・ジェイコブズは都市を起点とする成長が国家全体に波及すると説いた。18世紀に始まった産業革命で都市にはヒトやモノ、カネが効率的に集まり、繁栄をけん引してきた。今、この都市への集中による発展モデルが揺らいでいる。
国連によると、1970年時点で145だった世界の人口100万人以上の都市は、2018年には548に増えた。1千万人以上のメガシティーも30を超える。
新型コロナウイルスは人口1千万人以上の中国の武漢市で発生したとされ、ニューヨークやパリ、東京などを直撃した。人々が密集することを前提とした大都市のリスクが露呈した形だ。
歴史的にも、都市の発達と感染症の関係は深い。14世紀に流行したペスト(黒死病)は欧州人口の3分の1を死に追いやった。約100年前にはスペイン風邪が4000万ともいわれる人々の命を奪った。
これほどの犠牲を払っても経済効率を優先し、人々は都市での生活を選んできた。今や世界人口78億人のうち40億人以上が都市に住む。長谷川真理子・総合研究大学院大学長はこうした現状を「人類史上の異常な状態」と表現する。
郊外に住む人々が都市の高層建築物の中で働く現在の都市モデルは、米国で20世紀に発展した。立ち並ぶ高層ビル群は経済成長の象徴とされ、世界の主要都市がこぞって取り入れてきた。新型コロナはこのモデルに疑問を投げかけた。建築家の隈研吾氏は「高層都市は時代遅れになった」と指摘する。
企業の動きにもこうした見方がにじむ。東京都心の大型オフィスの空室率は足元で1%以下だが、不動産サービス大手シービーアールイー(CBRE、東京・千代田)の坂口英治社長は「1、2年で5%に上がる可能性も否定できない」と話す。社員が一堂に会するオフィスが必要か、企業は考え始めた。
仮想と現実融合
6月下旬に再選を果たしたパリ市長のアンヌ・イダルゴ氏は「エコロジーで住みやすい都市に変革する」と宣言した。市内の6万台分の路上駐車場を削減し、代わりに自転車道や緑地の整備を進めるという。ニュージーランド政府も、市街地での歩道の拡張や自転車道の整備を打ち出した。
人口分散のアイデアは古くからある。ルネサンスの巨匠、レオナルド・ダビンチも欧州のペスト禍を経験し、人口の密集を防ぐ都市像を描いた。感染症が流行するたび、都市のありかたを見直す機運は高まった。
これまでとの決定的な違いはテクノロジーの存在だ。デジタル技術の発達で、どこにいても情報を自由にやりとりできる。狩猟、農耕、工業、情報という4つの社会に続き、仮想空間と現実空間が融合した「第5の社会」を迎えつつある。
規模と効率を追求した都市の存在意義が問われている。新しい時代は、働く町も、国すらも選ばない世代が増えてくる。繁栄する力は人口の多さではなく、知をひき付ける求心力が左右する。知の集積が都市そして国家の競争力を決定づける。
日経新聞より
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